『冤罪被害者』のブログ 

冤罪被害者の闘いを綴る

007でっち上げの証拠③

 Aによる「虚偽申告」であることが明らかになってきた。
 6月事件については、以下のとおりである。

〔6月事件〕
 被疑事実
 私には、以下の2日につき被疑事実があった。
・6月11日事件
 Aが、α電車内で、迷惑行為(痴漢)に遭った。その時、私を犯人として証拠の写真①を撮影した。そして、友人や家族に「この人物が犯人である」として、私の姿が映った写真(Aが私を離れた位置から撮影したもの)を共有した。
6月13日事件
 上記写真①では、迷惑行為(痴漢)であることが証明されないので、母親は「証拠」を撮影するように指示した。
 Aは、α電車内で、迷惑行為(痴漢)に遭った。その時、迷惑行為(痴漢)に遭った「証拠」として動画を撮影した。
 動画の立ち位置は、Aがドアの前でドア側を向いて立ち、その後方に私が立ったものであった。満員電車の中で、私は右肩に鞄を下げ、右手の位置は、ドア横手すり付近に位置していた。通常であれば、私の右手は、Aの陰部付近には到達しない位置関係であった(公訴事実は、「陰部付近を触った」というものであり、検察官によって「陰部付近であること」が立証されなければならない)。
 又、この日、写真①によって私を犯人として認知していた友人らが、上記位置関係に立つAと私を、写真②及び③に撮影した。

 この後、6月29日に、例の「後を付けられた」事件である。
 そして、2018年6月30日に被害申告がなされた。

 この2つの被疑事実を以って、私は2018年9月25日に逮捕された。

 起訴と不起訴
 結局、6月11日事件は不起訴処分、13日が起訴という結果となった。
 Aの「被害に遭った」という旨の供述と写真①のみでは立件できないというのが、検察の本音であろう。
 一方で、6月13日事件は起訴である。
 恐らく、被害に遭っているような動画があることが理由に違いない。
 しかし、前掲「004でっち上げ」でも記したとおり、弁護人や元科捜研の大学教授が精査しても、「これ痴漢ですか」というレベルのものなのである。

 起訴であることにも憤りを感じたが、検察の都合で起訴不起訴を起案する姿勢に悔しさが滲んだ。
 検察は、真の正義で動く組織ではない。偽りの「正義」で動く組織である。
 ドラマや映画で描かれる、あのイメージ通りの組織なのである。

〔被害態様の不合理〕
 Aの供述調書によれば、「2018年5月以降から被害が重なり(私を)犯人と認知していた」、「電車内で位置を移動しても、いつも近くに付いてきた」という。
 しかし、多くの不合理な点があった。

・6月11日事件
 写真①は、私を遠くから撮影したものである。しかも、10枚程度、さまざまなアングルから撮影されたものである。電車内で付け狙われていたのでれば、そのような撮影は不可能であるに違いない。「被害に遭った後に撮影した」と言うが、不自然極まりないし、上記供述と整合性がない。
 何より写真①は、「被害に遭った」ものではないのだ。
 
 又、以下のような友人との遣り取りが、6月6日のLINE履歴に残っている。なお、最寄り駅であるS駅を出発した直後のα電車内での遣り取りであり、この日はAと私は同乗していない。
 友人:その人どこにいる?
 A :まだおらん T駅で乗ってくるかもしれん
   :S駅かT駅やからさ
 友人:全然ちゃうやん

    ・・・T駅出発・・・
 
 A :乗ってきよらんわ
 
 S駅は、私とAが乗車する最寄り駅である。T駅は、最寄り駅から数駅先の停車駅である。
 2018年5月から被害に遭い、犯人を把握していたというAが、6月6日のLINE履歴では、犯人が乗車してくる駅が判然としない旨を送信しているのである。

 そして、6月11日には、「犯人」として私の姿が撮影された。
 LINE履歴を精査する限り、6月6以降同日に至るまで、Aと私がα電車で同乗した日は認められない。
 なのに、6月11日に、突如、私が「犯人」として特定されている。

 Aの「犯人性」の特定に信用性がないことは明らかであった。

・6月13日事件
 この日の立ち位置は、Aが撮影したという動画上明らかである。
 すなわち、Aがドアの前にドア側を向いて立ち、私はその後方に立った。最寄り駅から私の下車する駅まで、その位置関係に変化はない。
 つまり、Aの方が最寄り駅で、私の前に乗り込んできたのである。

 しかし、Aの被害申告を前提にした場合、「6月までに10回程度被害に遭った」人物が、犯人と認識している人物の前に乗り込むことがあるだろうか。
 6月13日の最寄り駅の改札の防犯カメラ映像を精査すると、プラットホームに降りたのは私が先であった。
 百歩譲って、何らかの不可抗力でそのような位置関係に置かれたとしても、回避行動をとるのが合理的であろう。
 Aは、α電車内で最寄り駅を出発した直後から、以下のような遣り取りをしている。
 友人:後ろの人やんな??
    ・・・
 A :ミスって近いとこのってもーた
 友人:おもろww

 Aには「ミスって近いとこのってもーた」という認識があったようだ。
 しかし、このLINEが友人に送信されたのは、α電車が最寄り駅の次に停車するO駅の到着時刻であり、正にAの眼前でドアが開閉する時刻なのである。


 Aには、十分位置を変えることが可能であったのだ。
 次の停車駅であるM駅、そしてT駅と、A側の目の前のドアが開閉する機会があったが、Aは回避行動を一切とらなかった。

 そして、「被害に遭っているような動画」が、Aによって撮影されたのである。
 Aの方から、体を接近させているように見える動画である。

 Aの供述する被害態様は、客観的にみて、極めて不合理なのである。

 なお、「おもろww」と送信している友人は、上記写真②及び③を撮影した人物のうちの一人である。
 
 迷惑行為の相談を受けている友人としての迫真性すら感じられない。
 ただ、言われるままに、上記写真②及び③を撮影したのだろう。

 のちに友人たちは検察官の証人尋問請求を固辞している。

 証人は、嘘の供述をすると「偽証罪」に問われる可能性があるのだ。

最高裁判例(H21.4.14)〕
 最高裁判例に次のようなものが存在する。
 公訴事実は「乗客である17歳の被害者が、被告人から電車内で下着の中に手を入れられ、強いてわいせつな行為をされた」というものである。
 
 この「被害者」は、電車内で被告人から被害を受けた後、途中駅で下車する乗客に押し出される形で、下車することを余儀なくされた。
 しかし、「被害者」は、同駅で再び被告人の傍に乗車した。

 この点につき、「被害者」は、「他の乗り込む乗客で犯人を見失ってしまい、その位置を把握することができず、再び近くに乗ってしまった」旨弁解したが、最高裁は以下のような説示をし、「逆転無罪」を下した。
 なお、「被告人」は、当時防衛医大教授であり、『防衛医大教授痴漢冤罪事件』として、語り継がれている事件である。

 「被害者」が述べる痴漢被害は相当に執ようかつ強度なものであるのにもかかわらず、「被害者」は、車内で積極的な回避行動を執っていないこと、・・・「被害者」が、途中駅でいったん下車しながら、車両を替えることなく、再び被告人のそばに乗車していること・・・などを勘案すると、同駅までに「被害者」が受けたという痴漢被害に関する供述の信用性にはなお疑いをいれる余地がある。そうすると、その後に「被害者」が受けたという公訴事実の痴漢被害に関する供述の信用性についても疑いをいれる余地があることは否定し難いのであって、「被害者」の供述の信用性を全面的に肯定した1審判決及び原判決の判断は、必要とされる慎重さを欠くものであるというべきであり、これを是認することはできない。

 「被害者」の弁解も一理あると言えるだろう。しかし、その証言には、客観的な状況に照らして、合理的な疑いをいれる余地がある。
 まさに、「疑わしきは被告人利益に」という刑事裁判の鉄則を貫いた判決であると言える。しかも、最高裁判所が、その姿勢を示しているのだ


 さて、「でっち上げの証拠」と題して、①ないし③でAの被害態様に係る信用性がないことを示してきた。

 私と弁護団は、Aの証人尋問前に、これだけの無実を示す証拠を得ていたのである。
 
 A供述の信用性が皆無であることを、十分立証できるところまで、準備は整ったのである。

 

innocence-story2020.hatenablog.com

innocence-story2020.hatenablog.com

innocence-story2020.hatenablog.com

innocence-story2020.hatenablog.com

それでもボクはやってない

それでもボクはやってない

  • 発売日: 2014/09/03
  • メディア: Prime Video