『冤罪被害者』のブログ 

冤罪被害者の闘いを綴る

022控訴趣意③

 9月事件につき記載していない関係証拠を掲載する。

 原判決は、Aと警察官N、警察官Iの証言が合致するように、恣意的にAの証言を引用している。

 以下、控訴趣意を掲載する。

 なお、電車の停車駅は、順に最寄り駅、O駅、T駅、J駅で表記している。

 

〔9月20日事件〕

原判決がまとめている「A証言の要旨」は、恣意的な引用であって、そもそも「要旨」になっていない(論告要旨の「A証言の要旨」のほぼ丸写しに近い)ことについて

 原判決は、Aが証言する電車内での位置関係につき、T駅に到着するまでの部分について、次のように要約している。

 「電車内での位置関係は曖昧であるが、自分は西側を向き、被告人は東側を向いていたと思う」「O駅を過ぎた辺りで被告人から右手を股間に押し付けられた」(原判決14頁7行目~10行目)。
 しかし、Aは、「自分(A)は入ってきたドア側(つまり西側)を向いていた」(A証言20頁下から3行目)「被告人は自分の左前にいた」(20頁下から5行目)「被告人は進行方向(つまり北側)ぐらいを見てました」(23頁1行目)と証言しているのであるから、原判決の「A証言の要旨」は、Aの証言を正確に要約していない。原判決が要旨としているAの証言部分(「自分は西側を向き、被告人は東側を向いていたと思う」)は、検察官が行った「被告人は東側を向いて立っていたというような説明をしていませんか」に対する「ああしてます」(23頁2行目~)の部分であって、Aが「被告人は東側を向いてたと思います」と証言している部分はない)。
 なお、上記「被告人は進行方向(つまり北側)ぐらいを見てました」(23頁1行目)という証言部分は、検察官が誘導尋問で「(捜査段階の供述で、Aは)被告人がどちらの方を向いていたと説明をしていたのか」という質問をした(22頁最下行)ことに対する答えの部分である。つまりAが検察官の思うような証言をしてくれないため、検察官が苦労して誘導尋問を用いているのに、その中で出てきた答えでさえも「被告人は進行方向ぐらい(つまり北側)を見てました」なのである。にもかかわらず、原判決は「被告人は東側を向いて立っていたと思う」と証言したという要約をしており、この要約は明らかに不合理である。
 そして記録をよく検討してみると、「原判決のA証言の要旨」という判示部分は、原審の論告(論告4頁のエ)の、ほぼ丸写しである(微妙に語尾などを変えてはいるが、要約している部分の事実の順番などもそっくりである)ことがわかる。

 

 T駅に到着後、J駅に到着するまでの部分については次のように要約している。

 「被告人は自分の右前くらいにいて」「被告人は北を、自分は西側を向き、その状態で右手を股間に押し付けられた」(原判決14頁15目~16行目)。
 しかし、Aは、「(被告人は、証人から見てどの辺りにいたかというのは覚えていますか)左・・・、左前ぐらいです。あっ、右前くらいです」「(例えば、証人から見て左側には、誰がいましたか)左側は、警察官がいました」「(もう一回聞きます。証人からみて、被告人はどちら側にいましたか)・・・ちょっとあいまいです」(25頁1行目)と証言しているのであるから、原判決の「A証言の要旨」は、Aの証言を正確に要約していない。原判決が要旨としているAの証言部分は、検察官が行った誘導尋問(25頁最下行~26頁14行目)に対する証言を要約しているものであるが、その部分(26頁部分)を見ても、検察官の「今の記憶で、この調書の内容を聞いて、記憶を整理して、どうですか」と聞かれているのに対して「どうですかって・・・」と答えたり、「進行方向は、北方向ですね。」に対して「(うなずいて)・・・えっ、北側ですか(?)」と答えたりしていて、およそ具体的な証言ができていない。
 上記に指摘した点は、些末なことであるようにも思えるかも知れない。しかし、ある証人の証言を要約する際に、このような恣意的ともいえる要約をすれば、「証言の符合性」などはいくらでも作り上げられるのである。なぜなら、各証人の証言のうち、整合している部分だけを取り出して、それを「重要な根幹部分」として説明すれば、「各証人の証言は、重要な根幹部分についてよく整合している」という判決の起案は、容易にできるからである。
 とりわけ、原判決は、その後の説示部分である「A証言及び警察官N証言の符合性」との中で、T駅まではAと被告人が互いに逆方向を向いてAが被告人の右側に来る位置関係で被告人の右手がAの股間部分に伸びていた旨を取り上げ、互いに信用性を高め合っていると説示しているが(原判決15頁、(2)のア)、前記の恣意的な証言要旨を前提とした判断であって(前記の通り、Aは実際には「自分は西を向き、被告人は北を見ていた。被告人は自分の左前にいた」と証言しているのである)、その判断に合理性はない。

 

A証言では、原判決判示第2の事実は認定できないこと

 Aの証言は、全体としてあいまいで、立ち位置だけではなく、自分が受けたという行為態様についても、具体的に証言しているとはいえない。そのことは、尋問していた検察官も感じており、「9月20日の日のことについてあいまいになってしまう原因というのは、何かありますか」という問いを発している(A23頁10行目)ところにも表れている。
 Aはそれに対して「9月の20日とか21日は、警察官と一緒に乗っていて、ほんで、一緒に乗るだけって言われたから、立ち位置とかを、自分、覚えんと、警察官に任して乗ってました」と答えている(A23頁12行目~)。しかし、立ち位置についてだけでなく、Aの証言は、要するに「右手を股間に押し付けるようにして痴漢されました」(A26頁18行目)ということでしかない。
 認定できるのは、「そばに居た」というだけの事実であって、迷惑防止条例の規定する構成要件に該当する事実を認定することはできない。

 なお、この日、警察官Nは「迷惑行為を現認した」と証言しているが、現行犯逮捕をしていない。その理由は「衆人環視のもとで逮捕すると被告人の人権が損なわれる」からだそうだ。

 それは措くとして、Aは「警察官が犯人を押して被告人に迷惑行為をやめさせようとした」「犯人は警察官の手を払った」「それでも犯人はやめなかった」と証言している。

 現行犯逮捕を目的に警乗した警察官の眼前でそのような鬩ぎ合いがあったのにも関わらず、警察官Nが犯行を見逃すわけがない。

 この点についても、Aと警察官Nの証言は合致しないし、極めて不合理なのである。

 

〔9月21日事件〕

原判決による「A証言の要旨」は、これまた、本当の「要旨」にはなっておらず、恣意的な引用であること

 原判決は、Aが証言する電車内での位置関係を、要旨、車内の立ち位置はあまり覚えていないが、被告人は近くにいたとする(原判決24頁、13行目以下)。
 しかし、Aは、「ちょっと曖昧なんですけど、自分が西を向いていて、(被告人は)右前ぐらいにいたような気がします」と証言し(A32頁1~2行目)、この答えを訂正させようとした検察官の「自分の左隣にいたと説明した記憶はないか」との誘導に対しても、「左とか右とかじゃなくて、自分の前にいたっていう、そこら辺にいた(前を指すものと解すのが合理的である)ってことしか、あんまり覚えてないです」と証言している(A32頁11~12行)。
 この通り、「被告人が前にいた」という旨の証言は、記憶は曖昧であるとしながらも、2度にわたり証言しているのであり、この点を原判決は恣意的にネグレクトしている。原判決の「A証言の要旨」は、恣意的な要約であり、不合理である。
 
「前に居た」と「横に居た」は全く異なる趣旨の証言であるのに、その点をネグレクトしていること

 原判決は、「3者の証言が符合する本件事案の根幹となる犯行状況は、Aと犯人が同じ方向を向きAが犯人の右側に来る位置関係で犯人の右手がAの股間部分に伸びていたというものである」と判示している(原判決30頁15行目~)。
 しかし、Aの証言は前記したとおり「左とか右とかじゃなくて、自分の前にいたっていう、そこらへんにいたってことしか、あんま覚えてないです。」「(要するに近くに居たというわけですね)はい」である(A証言32頁)。
 このA証言をして、「Aと犯人が同じ方向を向きAが犯人の右側に来る位置関係で犯人の右手がAの股間部分に伸びていた」という証言だという評価は、証言の評価を明らかに誤っている。
 

A証言では、迷惑防止条例の定める構成要件に該当する事実は認定できないこと
 そして、この主尋問の答え自体からして、Aの被害についての証言は、判示第3の事実について有罪立証できた状態には到底達していないというべきなのである。
 車両内のどの位置に居たのか、その時の自分の体の向き、被告人が居た場所、その向き、実際の被害態様などについて、Aは具体的な証言はまったくできていない(A30~34頁)ことは銘記されなければならない。

 

Aはことさらに、自ら股間部を被告人の方に向ける行為をしたと認められること

 警察官I証言によれば、「被害者は(乗車後ロングシートの前で)西方向を向いていた」(I3頁13行目)が、「O駅を発車したぐらいから、被害者の方が、南西方向、左向きの斜めに、体を少し斜め向きにした」ということである(I4頁下から2行目~)。つまり、公訴事実記載の犯行開始時間である「O駅」以降から、Aの方から被告人に向かって体(股間部分)を向けたということになる。
 しかし、従前からの痴漢の被害を訴えている人物が、他の乗客の動きの影響を受けないロングシート前で、その犯人であると指摘している被告人に向かって自らの体を向けるというのは、不自然で不合理である。この点、警察官Iは、「(嫌がってよけようとするはずのAが)どういう経緯でそっち側を向くようになったのかは私には分からない」と証言しており(I24頁13行目)、合理的な理由は全く見いだせない。仮に、このことが真に目撃されたのであれば、Aの自演を相当程度疑うことが合理的であると言える

  なぜ、控訴趣意書に『「前に居た」と「横に居た」が違うこと』と題して、原審裁判官が不合理であることを態々論じなければならないのか。

 日本の刑事裁判官は、ここまで資質が低下していると思うと情けなくなる。

 

 私の「事件」を担当した地裁判事だけであることを願いたい。

 

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