034上告趣意書⑥
不合理な事実認定
Aの「被害」に係る証言に信用性がないことは明白である。
そして、裁判所は、Aが撮影した動画が一応「証拠」たり得る旨を以下のように判示しているが、不合理極まりない。
以下、一部引用する。
2 本件動画(甲24)について
(1) 本件動画は公訴事実を否定する客観証拠であること
控訴審判決は、以下のように判示している(下記①ないし④は本件動画から客観的に認定できる事実であり、争いのない事実である)。
① 本件動画によっては、(被告人の)右手が先にあったか分からない(7頁6行目)。
② 本件撮影時間を通じて、Aは手すり側(右手側)に若干自らの体を移動させたように見える(7頁12行目以下)。
③ 本件動画に、(被告人が)意図的に股間方向に手を動かす行為自体は見られない(7頁最下行)。
④ 被告人の右手の位置(手すりの最下部付近)はおおむね変わっていない(原判決8頁1行目以下)。
控訴審判決が本件動画から客観的に認定した上記①ないし④の認定事実から自然に導かれる結論は、まさに、弁護人の主張のとおり、被告人の右手は終始手すりの所に固定されており、Aは体を手すり側に移動させ、自らの体を手すりの所に固定されていた被告人の右手に近づけた(被告人が故意にAの股間付近に右手を近付けたのではない)という事実である。
本件動画は、「握った状態の右手を斜め上から下ろすようにして(ドアに正対していた)自分の股間に近づけてきて、右手を股間に押し付けるようにしてきた」とするA証言と矛盾するばかりか、判示第1の公訴事実を積極的に否定する客観証拠であり、被告人の無罪を裏付ける有力な客観証拠なのである。
裁判所は「本件動画に、(被告人が)意図的に股間方向に手を動かす行為自体は見られない」と、被告人の故意を明確に否定し事実認定をしているのである。
すなわち、Aの撮影した動画が迷惑行為の証拠にならないことを認定しているのである。しかも、A自身が、被告人の右手方向に体を移動させたことまで認定している。
これらを踏まえれば、Aの自作自演を措くとしても、本件動画から犯罪事実の認定に不可欠な故意は認めることはできないはずである。
もとより、既に述べた6月29日の「事件」の自作自演、9月「事件」でAが別人の写真を捜査機関に提出していたことを併せれば、Aの自作自演を疑うのが極めて合理的であるはずである。
不自然なAの行動
また、本件動画撮影に際しても、Aの行動が極めて不自然であることも、上告趣意書で指摘してある。
以下、一部引用する。
1 本件動画を精査するにあたって留意すべき背景
(1) 前記のとおり、Aの被害申告に至る経緯等についての証言は、客観的事実やAの証言自身と矛盾し、その信用性は皆無というべきである。だとすれば、これと一体となった、Aの被害申告(6月30日)以前に撮影された本件動画(甲24)の信用性の判断は、格別慎重に行われるべきは当然である。
(2) 本件動画撮影の経緯について見ると、母親から動画や写真等の証拠を集めるよう助言され、Aが証拠を撮影しなければならない状況下にあったことをA自身が認めている(A3頁、一審弁6の5頁)。
しかし、Aは、母親から本件動画を撮影するよう指示されたことを供述していたのにも関わらず(一審弁6)、公判廷では一貫して否定している(A72)。この点につき、A証言が変遷する合理的理由は見出せず、看過できない事情であるというべきである。
(3) また 、本件動画撮影後、突如として被害が終息し、警察官の同行警乗が行われた際に判示第2及び第3事件が発生している(そして、Aは別人の写真(一審弁1)を被告人から被害に遭った写真として提出している)ことの不自然性も看過できない事情である。
(4) 以上を踏まえれば、本件動画は、「Aが母親から被害に遭っている証拠を催促され、何としても母親を納得させる映像を撮らねばならない状況に陥り、引くに引くことができなくなった結果、本件当日に、わざわざ被告人の後から、被告人の近くに乗り込み、本件動画として撮影した」との合理的疑いが生じるのである。
(5) そうすると、本件動画につき、不自然・不合理な点はないか等、その信用性の判断は、格別 慎重に行わなければならないといえる。
(中略)
3 本件当日のAの行動が不自然・不合理であること
(1) Aが回避行動を執っていなことを控訴審は無視していること
ア 弁護人は、控訴趣意書で、本件当日Aが回避行動を執っていないことが不自然であることを指摘した。しかるに、控訴審判決はこの点につき、一切応答していない。
イ 本件動画の撮影当日の状況について見ると、Aは被告人の後から、わざわざ、ドア側にいる被告人の前に乗り込んできおり、α電車O駅に到着した際も、車両を変える等の回避行動を執っていない。
ウ 一方で、Aは、本件日時の7時24分に、友人に対し、「ミスって近いとこのってもーた」とのLINEを送っている(弁3)。前記LINE送信時刻は、α電車がO駅に到着し、Aの眼前のドアが開閉する時刻であるから、もし「ミスった」のであれば、すぐに場所を移動するのが自然である。
しかし 、AはO駅で容易に回避行動を執ることが可能であったのに、何ら回避行動をとっておらず、東寺駅までその位置を維持しているのである(なお、O以降の停車駅のM駅、T駅でもA側のドアが開閉し、容易に回避行動をとることができた)。
エ Aの行動は、真に被害に遭った者として、あまりにも不自然であるといわねばならない。
(2) 本件日時のAのLINE履歴に迫真性がないこと
ア Aは、本件動画の被害につき、「握った状態の右手を斜め上から下ろすようにして自分の股間に近づけてきて、右手を股間に押し付けるようにしてきた」旨証言している(A7頁)。
しかし、Aが友人に対し、本件当日にLINEで「今日はあんまりであった」旨送信していた点につき、「(触る強さが)いつもより少ないと思った」旨証言している(A40~41頁)。
上記本件当日のLINE履歴は、Aの証言する被害態様と矛盾しているのである。
イ そして、Aは友人に対し、本件当日にLINEで「今日も痴漢に遭った」「爆笑」などと送信している(一審弁3、19時22分21秒の履歴)。
ウ Aの行動は、真に被害に遭った者として、切迫感に欠けるといわねばならない。
動画撮影当日、Aは被告人の後から車両に乗り込んできている。
A証言を前提とすれば、従前から執拗に被害に遭った人物の前にわざわざ乗り込んできているのである。しかも、友人に近くに乗ってしまった旨を送信しながら、乗車位置を変えないなど、Aの行動は不自然極まりない。
最高裁はかつて同様の理由で、1審2審の有罪判決を破棄し、無罪判決を下したことがある。
動画や警察証言が不合理である以上、本件の証拠は「被害者」とされるA証言しか存在しないのである。